| ◎白馬の地蔵と一色但馬守供養塔 |
西条市飯岡の池之内部落に
<白馬の地蔵>と並んで<丹但馬守>の供養塔があります。
天正の陣で白馬に乗った武士がここで討死したそうです。
その為かこの近辺では落馬や怪我をする人が続出したらしく
村人達が相談して白馬の武将の怒りを鎮める為に地蔵を建て供養したところ
その後は災難はなくなったそうです。
白馬の武士こそ丹但馬守だと思われます。
丹但馬守は、同じく天正の陣で芸州の士・吹上六郎というものと戦い、
刺し違えて死んだ高峠石川の長臣で丹民部清光の舎弟と言い伝えられています。。
江戸時代に書かれた西條誌、には天正の乱に、西泉村にて討死すという。
その舎弟但馬といえるを、定蔵が家にて小祠を建てこれを祭る。
所持の品、古鞍・槍・鞍は民部より伝われりというと記録されています。。
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白馬の地蔵と丹但馬守供養等は西条市飯岡の池之内部落にあります。

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