清和源氏、源 義国の流れを組む足利一族
豫洲重之流一色氏祖


丹後守護一色義定三男、右馬三郎重之 天正十年(1580年)伊予の新居郡に来る.

・・・・・只今、製作中・・・・・

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西條誌 天保七年(1836)西條藩編纂地誌

 先祖宮内少輔公深というもの、三河国吉良庄一色村より出す子孫その村名をとりて氏とし、移って丹後国 宮津の城にいる右馬三郎重之というもの、天正年中、宮津の城を落ちて当国に来たり、高外木(たかとき)城の石川氏に客たり、後に周敷郡周敷村三谷の城主荒井藤四郎を討ちて、その地を領すという。



 ※愛媛県には一色姓が多く(全国に約9,000人その内愛媛に3,250人およそ36%がの人が在住しています。たとえば西条市では一色の苗字の多さ14番目、愛媛県全体では100番目位)県都、松山市にも沢山一色姓がいます。一色氏のルーツは清和源氏、足利氏支流、足利泰氏の子の公深を祖して三河の吉良荘一色(現・愛知県幡豆郡一色町)から起こったため、一色姓を名乗ったとされます、室町時代中心に戦国時代末期迄は華々しい権勢をほこっていたようですが丹後流一色氏は丹後支配を最後に滅亡したとされます。以後、最後の丹後守護一色義定の三男一色右馬三郎重之(愛媛県東予地区周辺の一色氏の祖)一族の伊予に来たとの伝承を中心に大研究!


参考文献 : 注釈西條誌 西条市誌 東予市誌 丹原町誌 多賀村誌 周布村誌 岩滝町誌 福井県誌 ウィキペデア等他

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